歴史刻む2自治寮 松蔭寮 工事終え一新

投稿者: | 2018年5月28日

本学には個性豊かな寮がある。寮にはそれぞれ学生自治の制度が残り、現在も続いている。今出川にある二つの寮を取り上げた。

半年にわたって行われた、本学の女子寮である松蔭寮の耐震工事が3月、無事に終わった。

地下鉄丸太町駅から出て、京都御所に沿って北へ徒歩10分。寺町通りに面する鉄筋4階だての白い建物が松陰寮だ。第6代総長・下村孝太郎邸宅跡に建設され、50年以上にわたって親しまれた寮は、また新たに時を刻み始めた。

工事期間中は寮生の募集を停止していたが、この度2年ぶりに新しい入寮者を迎えた。今年度から、もう一つの女子寮であった一粒寮が廃止され、本学に唯一の女子寮(留学生寮を除く)となり、旧一粒寮の寮生たちも松蔭寮に加わった。

学生寮の歴史は、本学が英学校と呼ばれた時代から続く。1875年11月、京都御苑の東に同志社英学校が開校。76年9月、第1寮と第2寮が、新築された。当時は、京都市内に親族の住んでいる学生のみが自宅や下宿からの通学を許可され、それ以外の学生は全員、寮生活が義務化されていた。

終戦を経て、学生数が飛躍的に増加すると、1965年を皮切りに、寮の数も増えていった。

かつては暁夕寮、一粒寮、鴨東寮など多くの自治寮が存在したが、現在は、男子寮の大成寮、此春寮、暁夕寮、壮図寮、女子寮の松蔭寮だけが残る。

同志社は「志を同じくする者が創る結社」だ。新島の志とは、「良心」と「自由」に満たされた学園と社会の実現だった。

彼の志に基づいて、今でも各寮では定期的な寮会議を開き、自由と仲間意識を育んでいる。学生運動が全国で相次いだころは、全寮協を作って学生闘争をしたほど学生の自治権が強いのが、本学の学生寮である。

しかし、今はその意識が薄れている。学部生用の寮の規模も大幅に縮小した。新たに始まる松蔭寮で、学生自治の精神がこれからも継承されていくことを期待している。

【兪 和廷】