新局長手記(2018年・兪 和廷)

投稿者: | 2018年1月27日

 日本に来て2年目。今も、日本語を使うのが怖い時が1日に何回もある。文章の中の単語が、意味自体は通じても、全く違うニュアンスで受けとめられるのが怖い。相手を傷つけてはいないか、無礼ではないか、発言したあとでもすぐに日本語辞書を確認する。

本学の国文学科の授業は、「自分の考えを伝えること」がメインだ。 授業中、頭の中で考えることを自由に表現することができなければ、それは送信機が壊れた電話機と同じだ。自分の言葉が送信機を通じて、相手によく伝達されているかは知る由もない。相手が良い意見を言っても、聞くことしかできず、返答ができないのはつらいことだ。

重要な発表や討議では言葉のミスをするのが怖く、極度に緊張してしまう。 やっと口を開けても、頭の中が真っ白になって、中途半端な小学生レベルの文章しか話すことができない。それは、韓国語で考えている文章とは、かなりのずれがあり、自分の浅い語彙に絶望を覚える。しかし、そのたびに日本人のように話したいという欲求が生まれる。足りない日本語に挫折しながらも、何度も日本語に立ち向かう理由だ。

新聞局では誤った単語や不自然な文章を積極的に指摘する、独特な雰囲気が形成されている。その雰囲気が日本語のミスに対する恐れを溶かしてくれた。また、私が持つ不安や苦労を配慮してくれる優しい先輩たちや、多読を通じて洗練された文章を書く局員たちがいる。そんな仲間たちと、多様なテーマで会話を交わし、新聞に載せるために、考えを文章にまとめる作業は、大切な学びだ。

2018年も、みんなと作る新聞を通じて、互いの考えを尊重し、一緒に成長できる新聞局を作っていきたい。【兪 和廷】