〔書評〕「伊丹十三の本」 天才エッセイストの全仕事

投稿者: | 2017年7月12日

冷蔵庫のCMである。明治時代、肉を保冷するための氷は大変な貴重品だった。国内で入手できず、ボストンから喜望峰を回る船に乗せて輸入したこともあるという。そこで、ある肉屋は富士山の氷に目を付ける。試みは失敗に終わったが、のちに五稜郭の氷を運び出し、氷会社を開く。

物を冷やして保存することの苦闘の歴史について述べた後、ディレクターの男が真新しい冷蔵庫にもたれ、視聴者に語りかける。

「これはもうあなた、自分の家に富士山が1個あるのと同じよ」

男の名は伊丹十三。日本を代表するデザイナー・俳優・エッセイスト・映画監督である。深い教養に裏付けられた斬新なアイデアで、日本人の価値観に風穴をあけた。

若き商業デザイナーだった伊丹は27歳で俳優に転身。すぐにヨーロッパへ渡り、各地を見聞する。日本人がナポリタンを西洋料理だと思い込んでいた時代、彼は「本物のスパゲティ」を教授することからエッセイストとしての歩みを始めた。次第に、持ち前の発想力で「遠くへ行きたい」をはじめとする数多くのテレビ番組やCMの企画を主導、優れたエッセイのような映像の名作を次々と生み出す。

51歳のとき、のちに天職となる映画の撮影へ乗り出した。映画制作の下積み経験はなかったが、伊丹はこれまでに各分野で培ってきた超一流の才能を発揮。世に送り出したエンタメ映画の数々は、いずれも大ヒットを記録した。

「ミンボーの女」(1992年)では、任侠道を称賛するばかりだった従来の日本映画に異論を提示。ヤクザを徹底的にコケにする演出で観客を沸かせた一方、自らが実際の暴力団員に刺され、重傷を負う被害にもあった。そのため、伊丹にはしばらく二人の身辺保護がつく。ところが彼はこの体験すらも映画のネタに転用して「マルタイの女」(97年)を制作、大成功を収める。

だが、上映からわずか3か月後、伊丹は突然の死を迎える。理由はわかっていない。映画を作るために生まれ、映画に命をささげた人生だった。

 【銘苅拓也】

『伊丹十三の本』

編集:「考える人」編集部

発行所:新潮社

出版年:2005年4月