行き詰る「カシミール紛争」 平和的解決策の模索を

投稿者: | 2016年12月3日

%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%89%e3%83%91%e3%82%ad%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%83%b3%e9%96%a2%e4%bf%82去る7月、インド側カシミール地方で、パキスタン編入を要求する住民デモが勃発、印・パ間の確執に再び火をつけた。2か月にわたるインド政府の鎮圧作戦で80名が死亡。これを受け9月にはパキスタン人4名がインド側軍事施設を攻撃、インド兵士18名が死亡した。パキスタン政府は4名への関与を否定。インドはパキスタンを「テロ支援国家」と、パキスタンはインドを「ろくな調査なしに決めつける」と非難しあった。英領インドの分離独立当時にさかのぼる両国間の確執は根が深く、今後の動きが注目される。

1947年、英領インドを構成した565の藩王国が新たに統合される際、北部のカシミール藩が問題となった。宗教を基準にヒンドゥー教徒が多数派のインドとムスリムが多数派のパキスタンが誕生したが、カシミールは藩主がヒンドゥー教徒であるのに対し、藩民の8割がムスリム。インド・パキスタン間で取り合いとなり、第1次印パ戦争が勃発した。1948年、国連が介入。暫定的に両国で分割統治を行い、将来的には住民投票で帰属先を決める、停戦案が決議された。

しかし暫定的支配を既成事実化したいインドと、現状を打開したいパキスタンの思惑の違いは埋まることのない溝となった。住民投票はインド側とパキスタン側双方で行う必要があるが、ムスリム多住地域を失う恐れのあるインドは非協力的だ。そのため国連決議以降も情勢は落ち着かず、住民投票の行われないまま今に至る。7月のような、インド側カシミールで頻発するデモやテロの背景には、住民感情と政権のねらいのミスマッチがある。

国家レベルでも、毎年のように軍事衝突を繰り返してきたインドとパキスタン。過去には核実験を続けざまに行い世界を震撼させたが、敵対関係は今年どこまで激化するだろうか。先月21日パキスタンは、インド制作のテレビ・ラジオ番組の放送も禁止すると発表している。緊張を増す関係はソフトパワーでも和らげられないか。【四方翔子】%e3%82%ab%e3%82%b7%e3%83%9f%e3%83%bc%e3%83%ab%e5%9c%b0%e5%9b%b3