リオ五輪直前・日本・ブラジル120年史

投稿者: | 2016年9月2日

今年2016年は4年に1度の夏季五輪の年だ。開催国であるブラジルの位置は日本のおおよそ真裏にあたり、最も遠い国である。馴染みがないように感じるかもしれないが、意外にも日本と関わりが深い。このリオ五輪を機に、この国について知識を深めてみてはいかがだろうか。

19世紀初頭、ブラジルはポルトガルから独立し、1888年に奴隷解放を行った。それにより労働力不足が問題となり、ブラジル政府は移民を積極的に受け入れることにした。日本とは1895年に修好通商航海条約調印により外交関係が樹立。当時は日本からブラジルへの移民送出が外交の目的であった。1908年には日本からの移民を開始。昨年、外交樹立120周年を迎えた。

しかし、その関係は常に友好というわけではなかった。第二次世界大戦が原因となり、1942年に国交断絶。それだけでなく、終戦直前の1945年6月にブラジルは日本へ宣戦布告を行うに至った。いかに当時の日本は孤立してしまったかを明確に表している。

その後1951年のサンフランシスコ平和条約によって両国の外交関係はめでたく回復した。この締結により、徐々に関係は良好となっていき、現在のブラジルには日系人が多く暮らしている。日系1世から6世までの人口は約160万人にもなり世界最大の日系人社会となっている。

ブラジルと日本は困難を乗り越え、現在の関係を築き上げてきた。リオ五輪では両国の選手の活躍とともに、これからも良好な関係が続いていくことを期待したい。【藤原慧実】